波動調整®研究部

密かな密かな自己探求の道

波動調整®における『調整』と目的

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と、いうわけで今日も炸裂【波動研通信】でございます。

今回は波動調整®というものについて

基本的な事柄からお伝えしていこうと思ったわけでして、

今回の考察テーマが『波動』でスタートしています。

 

(前回記事はコチラ:波動調整®における『調整』とは)

(本考察の始まりはコチラ:『波動』という言葉の2つの区別)

 

まずは前回のおさらい 

 

前回は『波動』というテーマから派生する形で

波動調整®という言葉の後半パートである

『調整』というところにフォーカスしてみました。

 

 

 波動調整®とは『波動』の『調整』ではない、

と、いうところから改めて考察をスタートして

調節=アジャスト・調律=チューニングといった似たような

言葉とのニュアンスの違いについてお話をしたり、

 

波動調整®における一番大事な在り方の部分

 

control の状態ではなくて、

No control の状態で在ること

 

波動調整®というプロセスは

コントロールを手放していくこと

 

⇒起こることを許していくこと

 

という根っこの部分についてのお話から

 

波動調整®というのは

『波動』を『調整する』ではない、

『波動』の『調整』が為されること

 というところで前回は終了しました。

ここまでの考察を踏まえながら

今回も『調整』というテーマで掘り下げていきたいと思います。

 

結局、何のための『調整』なのか・・・

 

波動調整®の『調整』というのは少なくとも

目的に向けて何かに合わせて整えていくことではない。

 

前回の記事の中では結構さらっと書いたフレーズですが、

かなり大事なことを言っている気がします。(自画自賛)

 

 

ここからもう少し論を展開していきたいと思います。

 

一般的にいえば、

 

物事を調節・調整する場合というのは

何かの目的があって調節・調整していくと思います。

 

時間調整・温度調整・体温調節・etc

 

それと同じように

一般的に波動の調整と言えば

何かの目的に合わせて『振動数』を

調節・調整していくことのように感じます。

 

『調律』という言葉では特に分かりやすいですが、

音程という全国的な基準があってそこに振動数を合わせていく

 

ラジオで言えば、電波が受信できていない状態から、

野球中継がどうしても聴きたい、となったら、

ニッポン放送の周波数に合わせて調節したりするわけです。

 

 

これらと同じようなことを私たちの身体や場に対して

波動の調整という行為はしようとしているのではないでしょうか?

 

 

各チャクラに応じた音階の音叉をならして調整する、とか

 

深い瞑想中の脳波はガンマ波だから機械でそれに調整する、とか

 

高次元とつながるためにガイドエンジェルの波動に同調する、とか

 

どこかに絶対的に良しとされる基準があって、

そこに合わすために周波数を調節していく、という感じ。

それらの行為は不自然で不必要な行為なように感じます。

私たちの身体は一瞬たりとて同じ状態ではない、

生命ある自然な存在ですから、それを機械的に

常に基準に均していこうというのは不自然です。

波動調整®における『調整』とは

何かの基準に合わせていくための行為ではないのです。

“〇〇とは、こうあるべき”という基準にハメていくいくのではなく、

そうした基準や観念の箱から抜け出して自由になっていくことです。

その誰かが決めた基準から自分が外れているからダメなんだ、と

そこに自己嫌悪に陥ったり、外れること自体が恐怖になったり・・・

外からあてはめられる正解ほど当てにならないものはないのです。

その絶対に良しとされる周波数がその相手にとって本当に必要なのか

そこに誰かが整えていくことが本当に相手のためになっているのか

それは絶対に誰にも分かりえないことのように感じます。

私たちは固有のバイブレーションを持った存在なはずです。

そこの違いの良いも悪いもないはずですから。

1つの基準を作るということは

その基準に沿わない状態を造ることです。

 

本当にその『調整』しようとしている『波動』

誰かや機械が決めたものを鵜呑みにしているだけで

本質的に相手のためになっているのでしょうか?

 

その行為が自然なものなのか・・・

 

ここは「波動」を『調整』する以前に

一度考えておきたいポイントです。

 

 

目的のための『調整』

 

もう少し違う角度から『調整』を

目的という観点からお話していくと

何かの得たい状態・なりたい状況を獲得するために

波動を調整するわけではない、ということです。

多くの一般的な波動の調整でいえば、

お金持ちになるために稼いでいる人の波動を浴びなさい、とか

現実を引き寄せるためにポジティブに波動を保ちなさい、とか

悩んでいる症状を消すために波動の高い水を飲みなさい、とか

何かの得たい結果のためによく分からない『波動』

よく分からない形で『調整』されていくわけです。

波動調整®の『調整』というのは

望む結果を得るために対象を調整することではないのです。

起こることを許す、ということは

まさに結果を手放している、ということです。

その得たいと思っている結果は誰の願いでしょうか?

波動調整®というのは真の自己の真の望みを体験していくことです。

それがつまり、為さている『波動』の『調整』に気づいていくこと。

誰かが何かに合わせて『波動』を『調整』していくことではなくて、

誰かが何かを得るために『波動』を『調整』していくことではなくて、

『共振』という、この世界で常に起きている

『波動』『調整』に意識的になることなのです。

どこかにある最高最善に向かわせていくことではなく、

常にいま起きている最高最善に委ねていくことなのです。

波動調整®の目的は”True Nature”

“本当のわたしを生きること”であり、

それは『無為自然』な存在で在ること

それはつまり、

『作為』的に『人工』的なものを造りだしていく

その自分に気づいて止めていくというプロセスなのです。

話が脱線しましたが、

結果(現実世界)を造り出すための『調整』ではなくて、

『調整』されている結果を味わうためにあるのが

波動調整®というものなんです。

ここが逆転してしまうから

エゴの勘違いが進んでいってしまうのでしょう。

さてさてまとめていきましょう。

 

今日の主題は大きく分けて2つで

1つめは波動調整®における『調整』とは

何かの基準に合わせていくことではない、ということ

もう1つは波動調整®における『調整』とは

何かの結果を得るためにすることではない、ということ

これらの波動(目の前の現実)を『調整』していく生き方

結局は、本来の自己の望みから離れていくということなのです。

繰り返しになりますが、

波動調整®的であるというのは

No control の状態で在ること

 

コントロールを手放していくこと

 

⇒起こることを許していくこと

=『無為自然』で在ること

それはつまり、この世界において

真の自己の真の望みを体験していくこと

波動調整®をするというのは、

目的のために『波動』を『調整』するのではなく、

結果のために『波動』を『調整』するのではなく、

ちょうどよく『波動』が『調整』されている世界で

在るがままの『在り方』・『生き方』を実践することです。

ちょっとくどいくらいに『波動』『調整』という言葉から

話を展開しておりますが、もう少々お付き合いくださいませ。

それでは今日はこの辺にしたいと思います。

最後まで駄文にお付き合い頂きありがとうございました。

また次回もよろしくお願いいたします。